あたりまえ

あたりまえ   井村和清

あたりまえ
こんなすばらしいことを、みんなはなぜよろこばないのでしょう
あたりまえであることを
お父さんがいる
お母さんがいる
手が2本あって、足が2本ある
行きたいところへ自分で歩いてゆける
手をのばせばなんでもとれる
音がきこえて声がでる
こんなしあわせはあるでしょうか
しかし、だれもそれをよろこばない
あたりまえだ、と笑ってすます
食事がたべられる
夜になるとちゃんと眠れ、そしてまた朝がくる
空気をむねいっぱいにすえる
笑える、泣ける、叫ぶこともできる
走りまわれる
みんなあたりまえのこと
こんなすばらしいことを、みんなは決してよろこばない
そのありがたさを知っているのは、それを失くした人たちだけ
なぜでしょう
あたりまえ



今日、少々体調が悪かったので、

念のため、

某病院へ。

中待合で待っている時、

ふと、

壁に貼ってあったこの詩に目がとまった。

この病院は、何回も来ているのに、

全然、この詩が貼ってあるのに

気がつきませんでした。

何だか、心に響くものがあり、

タイトルと名前をメモしときました。

家に帰って調べて、再度、この詩を読んで、

今日のブログの記事にしておこうと思いました。

今日も、何気なく、あたりまえに

過ぎていったけど、

この詩に気がついたことだけで、

価値ある一日になった気がします。

ありがとう。



【井村和清(1947年 - 1979年)】
富山県出身の医師。
骨肉腫の為に右足を膝から下で切断、
のちに肺に悪性腫瘍が転移したことにより若くしてこの世を去った。
「あたりまえ」は
『飛鳥へ そしてまだ見ぬ子へ』より引用。

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by bairas00 | 2008-12-25 23:57 | 日記


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